アトリエ1年目〈人物ドローイング編〉

アトリエ1年目〈人物ドローイング編〉

今回は、人物ドローイングについてです。この文章は、ニューヨークにあるアトリエで美術の勉強を始めて2年目になるので、1年目に勉強した内容を書いていこうという一連の記事の3つ目になります。

第1回では、アトリエで勉強するということはどんな感じなのかということと1年目の授業内容を大まかにまとめました。

第2回では、石膏ドローイングの目的や手順についてまとめました。この記事の中で、ドローイングに使用する道具や鉛筆でドローイングをするときの手順について詳しく書いています。人物ドローイングにも共通する内容なので、今回の文章ではそれら重複する部分は少し省略し、人物ドローイングの目的や石膏ドローイングとどう違うか、また、初めて本格的な人物ドローイングをして感じたことなどをまとめていこうと思います。

1. 人物ドローイングとは

人物ドローイングとは、人物のモデルを鉛筆や木炭などで描くことです。石膏ドローイングと同じように美術系の学校でよくトレーニングとして行われるのですが、生きている人間を描くので、描く対象が石膏像のように完全に静止しているわけではないのが難しいところです。

私の通っているアトリエの1年目では、人物ドローイングを1枚あたり1日4時間×2週間もしくは1日4時間×1か月かけて描きます。初日に学生2人とインストラクターでモデルさんにどのようなポーズをとってもらうかを決め、くじ引きの番号順に自分が描きたい場所を選んでいきます。描くときにはタイマーで時間を計りながら、20分描いて5分休憩(中間で20分の休憩)を繰り返します。

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図1は人物ドローイングをする教室の写真です。部屋の奥側に椅子が置かれている台があり、この上でモデルさんがポーズをとります。今は椅子が置かれていますが、そのときのポーズによって寄りかかる台を置いたり床にマットを置いたりします。

その台の周りに背の高いスタンドのようなものや木製のベンチのようなものがあります。スタンドのようなもののほうは、見たことがある人も多いかもしれません。これは「イーゼル」という、キャンバスやスケッチブックを立てかけるための台で、高さや角度を調節できるようになっています。イーゼルよりもモデルの台に近いところにあるベンチのようなものは「ドンキーベンチ」や「ホース」という名前で、前方の板にスケッチブックなどを立てかけて、両足ではさんでまたがるように座り、馬に乗るような姿勢で絵を描きます。

図2は描いている途中の人物ドローイングです。前回は石膏像ドローイングについて書きましたが、人物を描くときも同じように、全体を一様に描くのではなく部分ごとに描き進めています。実際にモデルさんを前にして行う正確な計測や観察と解剖学の知識、実際に描く技術が合わさることで力強いドローイングになります。

2. アトリエの人物ドローイングの目的

昔から人間の体は絵に描かれたり彫刻で表現されたりしてきました。アートの中で人体がどういうふうに扱われてきたかはそれを取り巻く文化と深くかかわっていますし、現代でもアーティストが人物を描くときにそれを通して表現したいことや描くうえで大事にしていることはさまざまだと思います。では、アトリエで行われているようなアカデミックなトレーニングにおいては、どのような目的で人物ドローイングが行われているのでしょうか。以下はアトリエのwebサイトのカリキュラムのページからの引用とその訳です。

Figure Block-in to Short Pose Figure Drawing
Applying lessons learned by copying the Bargue Figure Plates, students develop a working process for drawing from life in a series of linear figure drawings. Primary objectives in these one and three-day short poses include accurate shapes, proportion, and dynamic gesture. These poses progress from one to three to eight days long. (引用元) https://grandcentralatelier.org/core-program/drawing-year/

(翻訳)人物のブロックインからショートポーズ人物ドローイングへ
Bargue Figure Platesの模写から学んだことを生かして生徒は、一連の線による人物ドローイングにおいて実物を見て描く過程を身に着けます。これらの1日や3日間のショートポーズの基本的な目的には、正確な形、プロポーション、ダイナミックなジェスチャーなどがあります。これらのポーズは1日から3日間、8日間と続きます。

Long Pose Figure Drawing
Proceeding from the linear block-in, artists learn to refine their drawings with further investigations of the elements of anatomy, gesture, perspective and portraiture. Finally, artists render the figure in careful, modulated graphite, using the same, conceptual, sculptural approach applied in cast drawing. (引用元) https://grandcentralatelier.org/core-program/drawing-year/

(翻訳)ロングポーズ人物ドローイング
アーティストたちは、直線的なブロックインから始まって、解剖学、ジェスチャー、遠近法、肖像画といった要素についてさらに探究し、ドローイングを洗練させることを学びます。最後に、石膏像ドローイングをするときに行ったのと同じ、概念的で彫刻的なアプローチを使用して、慎重に調節しながら鉛筆で人物をレンダリングします。

これらを読むと、私の通っているアトリエでは、実物を前にして描く過程や人物画に必要な知識、鉛筆でのレンダリングの技術を身に着けることを目的として人物ドローイングをしていることが分かります。私はこの文章を書いている現在はアトリエ2年目になりますが、絵の具を使って人物を描くときにも1年目に身に着けた知識や技術、とくに実際のモデルを前にしてブロックインをする技術について、1年目にじっくり練習して良かったと思っています。

3. ドローイングに使用する道具

人物ドローイングに使用する道具は石膏像ドローイングをするときに使用する道具と同じなので今回は省略します。前回の記事でひとつひとつの道具について説明したので、詳しくはこの部分を読んでください。

4. 人物ドローイングの手順

どのような手順で人物ドローイングをしたのかを紹介します。一日4時間×週5日×4週間の人物ドローイングです。

4.1. モデルのポーズを決め、描く場所を選ぶ

先ほど、くじ引きの順に描きたい場所を選ぶと書きましたが、人物ドローイングをするときにはどの位置から描くかが重要です。例えばモデルさんが台の上に立っているとき、ホースに座って描くと下からモデルさんを見上げるようになります。そうすると、自分の近くにあるものほど大きく見えるので、立って描くときよりも足を長く、上半身を短縮して描くことになります。イーゼルを使って立って描くと、解剖学の本に載っている図や知識として知っている人体のプロポーションに近いので計測は簡単です。

また、場所を決めるときにはモデルさんの周りをぐるっと歩いてみて、光の当たり方(どのぐらいの面積が陰/明るいエリアになるか)などを確かめてから描きたい場所を選びます。

4.2. ブロックイン

私は基本的にはブロックインに5日かけていました。レンダリングがきれいでもブロックインが変だと見た人には形の不自然さが分かってしまうし、形の問題を解決して納得した状態のほうがレンダリングに集中できるからです。 ブロックインをするときには、はかり棒を使って縦方向の中心や4等分の位置ががどこかを見つけたり、何頭身かを測ったりしながら直線を用いて描きます(図5)。この段階では、細部に気を取られないように注意して、姿勢の大きな動きを捉えます。そのためには、モデルさんをいろんな方向から見てみて、どっちの足に体重がかかっているかや、体の捻り具合などを確認したり、頭・胸・骨盤をキューブで表してジェスチャーを考えたりするのが役に立ちます。

見えるものを描き写そうとするだけでなく、骨や筋肉がどういう状態なのかということも意識しながら輪郭や陰の形、筋肉や骨が作り出す凹凸で体表に見えるものなどを描きます。解剖学の知識って必要?と思うかもしれませんが、知識があって骨や筋肉がどういう状態かを分かりながら描くと、「とりあえず見えるように描いてみるかな…」みたいに自信がない時に比べて、自分で間違いに気づけたり、あやふやさが減って力強いドローイングになったりすると思います。

また、図6の右下に膝の絵が描かれているのですが、これは膝の構造がどうなっているかを見せるためにインストラクターが描いてくれたものです、インストラクターは授業中にひとり一人のところを回って、質問に答えたり測り間違いなどを指摘したり骨や筋肉の構造を教えたりします。

最終的には、陰(光が当たっていない部分)の形や影(あるものが落としているカゲ)が人体の凹凸の上に乗っかっているように見えるように形をクリアにし、体表から確認できる筋肉の前後関係なども線で表現します(図6)(図7)。

4.3. レンダリング

大胸筋の下の影から胸の光が当たっているエリアに向かって描き始め、その後向かって右の胸と肩へと描き進めました(図8)(図9)。石膏像ドローイングのときと同じように、絵の中のいろんなところにいっせいに手を付けるのではなく部分的に集中して描き、そこが完成したら次の部分へとゆっくり描き進めていきます。描いている部分だけに集中していると、体表のささやかな凹凸に注目して明暗を必要以上に強調して描いてしまうことがあります。そんなときには、全体を大まかに捉えたときにどれぐらいの明るさレベルのエリアなのかを考えるようにします。モデルが正面を向いて立っていて正面上方から光が当たっているとき、胸や肩の上のあたりは一番光に面しているので明るく、正面に向いているお腹は中間の明るさ、そして横から見ると実は下を向いている太ももはそれらより暗い、というふうになっていることが多いです。

顔の部分(個人的には手も)は、描くのに一番集中力が要るように思います(図10)。人の顔をある程度写実的に描いた絵を見たとき/自分が描いた時、そのモデルさんを知らない人が見てもなんか変だと思った/言われた経験は無いでしょうか。おそらく多くの人は普段から自分や他人の顔や手を見る機会が多くてどういう構造なのかという一般的なイメージが頭の中にあるから、描かれたものの少しのずれでも見つけてしまうのではないかと思っています。

胸のあたりが光源に面しているのに対して、おなかの上方は正面を向いていて、この場合、お腹の下のほうは陰になっています(図11)。また、向かって左側の太ももが光源に面しているのに対し、まっすぐ伸ばした右側の足は胸やお腹と比べて光源に面していないので全体の中では暗いエリアになっています(図12)。足の先まで描いて完成です。(図13)

5. 人物ドローイングを学んで

アトリエで人物ドローイングを勉強し始めて、自分の中での人体を見る解像度が上がり、人物を描くのが楽しくなりました。

人間の体は人それぞれ異なります。毎日アトリエで人物を描きながら人間の体を観察していると、筋肉や脂肪のつき方、体のそれぞれのパーツの大きさも、この性別/年齢/…ならこういう風に描けばいいというように単純な法則に当てはめることができないことがよく分かりました。表現する目的によってはあえて人体を単純化したり理想化したりして形を変えて描くことはあると思いますが、アトリエでのトレーニングのような場合は自然からの観察を重要視しているので、意図的に変えることは少なく、基本的にはそのモデルさんらしく見えるドローイングを完成させます。

しかし、よく観察していても思い込みで誇張して描いてしまうこともあるし、モデルさんが少し動いたときに最初のポーズとまったく同じではなくなることもあります。そういうときには、もう一度計測に戻ってしっかり大きさや形を確認することは大きな助けになります。また、骨格や筋肉の構造や、「内くるぶしのほうが外くるぶしより高い」というような多くの人に共通する人体の特徴を知っておくことで自分の間違いに気づくこともできますし、もしモデルさんが少し動いたとしても、人体の構造的にどういうことが起こっているか分かるので大慌てせずに済みます。

知識が観察を補強することで説得力のあるドローイングになり、観察や解釈がドローイングを単なる記録以上のものにする…というように、さまざまな要素がお互いに作用しあうような仕組みになっているということを、1年目の人物ドローイングを通して学びました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。次回はアトリエ1年目の彫刻について書きます。

(つづく。)


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